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【栄5オフィス】60歳を前に起業!―株式会社BABYBOO NEOの角田 喜彦さんにインタビュー

今働き盛りのあなたは、老後の人生をどう過ごすか考えていますか? 趣味や旅行を楽しんだり、お店をオープンしたり、もしくは再雇用で働いたりと人それぞれです。今回インタビューをさせていただいた、株式会社BABYBOO NEOの角田 喜彦さんは、36年勤めた会社を退職後に現在の会社を起業。63歳の今でも働いています。いろんな過ごし方がある中で、なぜ“起業”を選んだのか。そして、これまでどのような人生を歩まれてきたのかを伺ってきました。

角田 喜彦(すみだ よしひこ)

三重県出身。立命館大学を卒業後、ジャスコ株式会社(現在のイオン)入社。グループの着物チェーン店を担当し、現場から本社などを多くの仕事を経験。その後会社はイオングループからヤマノグループに営業権が移り、東京へ単身赴任。60歳を前に退職、2013年にBABYBOO名古屋事務所を開設。2014年に大阪事務所を開設し、2016年には株式会社BABYBOO NEOを設立。現在は仙台にも事務所を開設している。


――BABYBOO NEOでは、どんな事業を手がけられていますか?

モデル、MC、イベントコンパニオンなどが主要事業で、ポートメッセ名古屋などで行われる企業展示会や各種イベントコンパニオンや、鈴鹿サーキットのレースクイーンもお仕事になっています。このお仕事はクライアントやイベントによってニーズもさまざまなので、幅広い雰囲気の女の子を揃える必要があります。弊社では登録料無料でスタッフを募集しており、名古屋だけでも100名近くの女の子が登録しています。

――何がきっかけで起業されたのでしょうか?

三重県四日市市に自宅があるのですが、長い間単身赴任をしていたんです。父が亡くなって、そろそろ四日市に帰ろうと思って。そんなときに、東京にあるモデル事務所の社長から、名古屋に事務所を出したいので手伝ってくれないかと声をかけられました。それが始まりですね。2013年に名古屋事務所、翌年には大阪事務所も開設し、2016年に事業を引き継ぎ、株式会社としました。今は仙台にも事務所があります。

――名古屋事務所を開設するにあたり、栄を選ばれた理由は何ですか?

交通の便が良いことと、名古屋でも知名度と賑わいのある場所だからです。オフィスで面接を行うので、面接場所は重要なんです。ホームページや名刺に栄の住所が載っていると、面接に来られる女の子たちも安心されるようです。大阪事務所は心斎橋にあるし、仙台事務所は官庁街にあるんですよ。

――では、仙台や大阪に出張されることもあるんですね。

もちろんありますが、現地での女の子の面接が中心です。弊社の通常の業務はメールでのやりとりが多いですね。お仕事をいただくのもメール、その後のクライアントさまとのやりとりもメール、女の子へのお仕事依頼もメールです。パソコンとスマホさえあれば、どこでも仕事ができるので、時間・場所の拘束がありません。そういった意味では、歳をとっても楽にできる仕事です(笑)。この先、仮に九州や札幌に事務所を作ることになっても、問題はないでしょうね。現地での面接や、スタッフに何かあった場合にフォローできる、核となってくれるようなマネージャーが確保できれば、事務所を増やしたいと思います。

――顧客はどのように開拓されていますか?

この業界は7~8割が東京の大手広告代理店が発信の仕事で、弊社はもともと東京にあった会社から独立しているので、そこからの繋がりで紹介していただけることも多いですね。あとは、ホームページを見られた方からお問い合わせいただくこともあります。実は弊社のホームページは、私が作ったものなんですよ。4年前にこの仕事を始めたとき、通信の大学でWEBデザインを勉強したんです。サラリーマンのときは営業企画に関わる仕事として販促物の作成などもしていたので、WEBデザインに抵抗はありませんでしたね。弊社事業の1つでもある各種広告物・印刷物の企画制作、デザイン事業は、私自身が手がけています。名刺やロゴのデザインも、自分で考えたものなんですよ。

BABYBOO NEOホームページより引用

――サラリーマン時代は、どんなお仕事をされていましたか?

大学卒業後はジャスコ(現在のイオン)に入社しました。しばらくしてからグループの着物チェーン店を担当し、店長、商品部、営業企画部長、営業部長を経験しました。新規出店も数多く手がけて、最初は4店舗だったところを、全国130店舗位まで増やしたんです。お店を作るために、青森から沖縄まで、全国各地を回っていましたね。着物チェーンが東京の会社に売却されることになってからは私も移籍し、全国各地方の営業の責任者を務めていました。サラリーマン時代はデスクワークよりも出張や店舗まわりが多く、接客をすることもありましたね。従業員もお客さまも女性が多かったので、その経験が、女性と接する機会の多い今の仕事に生かされています。

――サラリーマン時代に全国を飛び回っていたなら、定年後はゆっくり過ごしたいと思わなかったのでしょうか?

全く思わなかったですね(笑)。これまで全国を飛び回ってきたんだから、まだまだ全国に出張に行きたいという思いがありました。家にずっといるのが嫌だったのかもしれませんね。今でも出張に行きますが、取引先や現地マネージャーや、女の子たちとのミーティングを兼ねた食事会も楽しみの1つでもあります。

――定年後に仕事を続けることについて、奥さんから反対されませんでしたか?

あなたのお父さんが同じようなことを言い出したら、どうしますか?

――うーん……「好きにしろ」って言いますね(笑)

そうなんですよ! 妻ももうあれこれ言うような歳じゃないんですよ(笑)。これが40代や50代なら、「家のローンがあるのにどうするの?!」と言われることもあると思いますが、そういうものもなかったので。それに、家でゴロゴロしているよりいいでしょう?

――そうですね。でも、仕事をしていて大変なこともありませんか?

登録の女の子たちは雇用ではなくそれぞれが個人事業主なので、ビジネスモデルとしてはリスクもなく、時間・場所の拘束がなく自由ですから、そんなに大変なことはありません。ただ、女の子たちが遅刻やキャンセルするようなことがあれば、会社としては大きな損害を被ることになります。これを防ぐために、LINEを使用して起床・出発の報告をしてもらいます。それが5分たってもなければ、何度も電話をかけて確認を取るんですよ。会社の信用にも関わりますからね。こういった女の子たちの管理が一般的には“大変”と言われるのかもしれませんが、私はこれを仕事として楽しんでいます。人と関わることが好きなんでしょうね。

――お忙しい毎日かとは思いますが、何か趣味などはありますか?

サラリーマン時代は忙しく動き回っていたので、趣味がなかったんです。今は体力づくりのため、ジムに通っています。出張がない日は四日市のオフィスに出勤しているのですが、その日は必ず、仕事の合間を見つけて2時間、ジムで汗を流してからいます。

――毎日充実していますね。

そうですね。どんなことでも、楽しんでやっているからでしょうね。

さいごに

全国各地を飛び回られていただけあって、角田さんはいろんな地域のことを本当によくご存じでした。私が幼少期によく行っていた兵庫県のジャスコのこと、高校生のときに寄り道していたデパートのことなど、地元出身者にしかわからないような地名も出て、とても驚くと同時に懐かしくなりました。さらに、ここでは公表できないような裏話もたくさん出て、とても楽しい時間を過ごせました。働くこと、そして人生そのものを楽しむ角田さんはとても魅力的で、私もこんなふうに歳を重ねられたらと思いました。イベントや展示会などで何かお困りごとがあれば、BABYBOO NEOにぜひお問い合わせを!

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1985年生まれ。兵庫県出身で、現在は知立市在住。放浪の人生を送った後、2016年に脱サラし、フリーランスライターになる。趣味は、自宅裏にある無駄に広大な畑を使用しての家庭菜園。
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